40歳男 寄り添うケアについて学ぶ

 このエピソードは寄り添うケアについて私が学んだ話です。特別養護老人ホーム(以下、特養)で私は介護職員として働いていました。介護の仕事を始め数年経って知識や経験も身に付き、少しずつですがお年寄りに寄り添ったケアを形にできていることを実感し始めていました。
 そんな頃のことです。とても笑顔が素敵で愛嬌のあるおばあさんがいました。ただ、そのおばあさんは重度の認知症を患っていたのです。とはいえ、体のほうは元気そのもの。少し足腰が弱いのですが歩くこともでき、食事も自分で食べることができます。けれど、物事を理解したり判断したりすることは難しい状態でした。例えば食事を配膳すると、食事とお茶を混ぜ合わせててしまったりします。また、人形に名前を付けてずっと話しかけたりもしていました。足腰が弱いのですが、そんなことお構いなしに立ち上がり歩こうともします。何をしてしまうのか予想もできないところがあったのです。私たち職員は目を離せないと判断して見守っていました。
 そのおばあさんですが、何を思ってなのかはわかりませんが、普段座っている椅子から床に降りて過ごそうとすることが目立ち始めました。床に降り足を前に投げ出し、お尻をすりながら興味のおもむくまま移動するようになったのです。私たちは最初、その床に降りようとする行動自体を止めていました。毎日掃除をしているとは言え、床に降りて過ごしているのは見栄えもよくなく汚れてしまいます。椅子から床に降りる時に転倒してしまうことも容易に想像できました。しかし、おばあさんにとっては何か理由があって床に降りるのです。私たちに止められることがストレスになってしまい機嫌を悪くしてしまうことが増えてきました。ついには私たちの制止を振り切り、無理やり床に降りようとすることも見られ始めたのです。
 そこで、私たち介護職員はどうしたものかとミーティングを重ねました。結論は、無理に止めることはやめようということになったのです。床に降りたいのなら好きに降りていただこう。ただし、床に降りて過ごしても問題のない環境を整えようと決めたのです。具体的には、簡易の畳を床に敷き、座布団を用意しました。ちゃぶ台のようなテーブルも用意し環境を変えてみました。
 その後ですが、おばあさんは畳の上で本人の思うように過ごしています。その環境が上手くマッチしたのでしょう。職員に行動を止められることもないのでストレスも減ったようです。以前のように温厚な様子で過ごしています。
 認知症が重度になると私たちが思う「普通」が全く通用しなくなることがあります。そんな時は一度、その「普通」を取り払って物事を考えてみることも大切なのだと私は学ぶことができました。今回の話のようにおばあさんのしたい事にこちらが合わせていく。これも寄り添うケアの一つの形なのだろうと感じています。